ドイチャーヒップホップのためのプロレゴメナ

ドイツのヒップホップ(ドイチャーヒップホップ)の曲を紹介したり和訳したり。内容や和訳について何かご指摘があればおねがいします。

K.I.Z. - Hurra die Welt geht unter ft. Henning May


K.I.Z. - Hurra die Welt geht unter ft. Henning May (Official Video)

いきなり、核爆発から始まるMV。カットが変わると、まるで『ウォーターワールド』的世界。曲のタイトルは、Hurra die Welt geht unter(やった、世界の滅亡だ)。世界が滅びたことは映像からも見てとれますが、なぜ彼らは世界の滅亡を喜んでいるのでしょうか。

 

1. K. I. Z.とは?

 K. I. Z.とは、2000年に3MC、1DJで結成されたベルリンのヒップホップグループです。MCは、Maxim*1Nico、Tarekで、DJはDJ Craft。

 K. I. Z.はスタジオアルバムを5作品すでに発表しており、今回の曲は、2015年にリリースされた現時点で最新のアルバム、Hurra die Welt geht unterの表題曲です。本作は、ドイツのアルバムチャートで一位も獲得しており、商業的にも成功しました。

  ラップの傾向としては、社会問題に切り込んだラップをするようです。実際に、YouTubeでアンチファシズムのデモへの参加を呼びかけたり*2、MaximとNicoにいたっては、2011年と2016年のベルリンの議会選挙で、Die PARTEI*3(その名も「党」!)という政党から出馬しました。余談ですが、日本では、2014年に、ラッパーのDELIが千葉県の松戸市議会選挙に出て見事当選しましたね。ただ、DELIが比較的ストレートに政治批判や社会批判をしているのに対して、K. I. Z.はヨーロッパの風刺文化的な少しひねった批判をしています。それでは実際に、リリックの内容を見てみましょう。

 

2. Hurra die Welt geht unter ft. Henning Mayの内容

 世界の滅亡を喜ぶそのタイトルからすると、この曲はたんに露悪的のようにもおもわれますが、違います。この曲は、旧世界を資本主義が支配する世界として描き、その反対に滅亡後の新世界をユートピアとして描くことで、現在の資本主義社会をアイロニカルに批判しています。以下で、歌詞の内容を見てみましょう(注釈は、Rap Geniusを参考にしています。とても充実していて勉強になるので、ドイツ語が読める人は是非。)

[Maxim]

Kleidung ist gegen Gott, wir tragen Feigenblatt

服ってのは神に背いたてて、俺たちはイチジクの葉を身につけてる*4

Schwingen an Lianen übern Heinrichplatz

ハインリヒ広場の上のつるでターザンする

Und die Alten erzählen vom Häuserkampf

そして老人たちは市街戦を語る

Beim Barbecue in den Ruinen der Deutschen Bank

ドイツ銀行の廃墟のなかでバーベキューしながら

Vogelnester in einer löchrigen Leuchtreklame

穴の開いたネオンのなかには鳥の巣

Wir wärmen uns auf an einer brennenden Deutschlandfahne

おれたちは燃えるドイツ国旗で体を温める

Und wenn einer auf 'ner Parkbank schläft

そしてある男が公園のベンチで寝てるなら

Dann nur weil sich ein Mädchen an seinen Arm anlehnt

それは女の子がそいつの腕にもたれかかってるってだけだ

Drei Stunden Arbeit am Tag, weil es mehr nicht braucht

一日三時間労働、それ以上は必要ない

Heut Nacht denken wir uns Namen für Sterne aus

今夜俺たちは星の名前を考え

Danken dieser Bombe vor 10 Jahren

10年前のあの爆弾に感謝する

Und machen Liebe bis die Sonne es sehen kann

そして太陽が見えるまで愛し合う

Weißt du noch, als wir in die Tische ritzten, in den Schulen

学校の机に刻み込んだときのことを思いだしてみろ

„Bitte Herr, vergib ihn'n nicht, denn sie wissen, was sie tun.“

「主よ、どうかあいつらを許さないでください。だってあいつらは何をしているか分かっているのですから」ってな*5

Unter den Pflastersteinen wartet der Sandstrand

敷石の下には砂浜が待ってる

Wenn nicht mit Rap, dann mit der Pumpgun

ラップを持ってないなら、ショットガンを持て

 

[Hook: Henning May]

Und wir singen im Atomschutzbunker:

そして俺たちは核シェルターのなかで歌う

„Hurra, diese Welt geht unter!“

「やった、世界の滅亡だ!」

„Hurra, diese Welt geht unter!“

„Hurra, diese Welt geht unter!“

Und wir singen im Atomschutzbunker:

„Hurra, diese Welt geht unter!“

„Hurra, diese Welt geht unter!“

Auf den Trümmern das Paradies

廃墟のうえに楽園

 

[Tarek]

Nimm dir Pfeil und Bogen, wir erlegen einen Leckerbissen

矢と弓をとれ、ウマいもんをし止めに行くぞ

Es gibt kein'n Knast mehr, wir grill'n auf den Gefängnisgittern

もうムショはない、ムショの格子でグリルする

Verbrannte McDonald's zeugen von unser'n Heldentaten

燃えきったマクドナルドは俺たちの英雄的行為の証だ

(※この曲の文脈では、マクドナルドは資本主義つまり悪しき旧世界の権化とされます。そのためマクドナルドが消失していることは、自分たちが資本主義に勝利したことの証だとされるわけです。)

Seit wir Nestlé von den Feldern jagten

俺たちが畑地からネスレを追い出してから

Schmecken Äpfel so wie Äpfel und Tomaten nach Tomaten

リンゴはリンゴの味がし、トマトはトマトの匂いがする*6

Und wir kochen unser Essen in den Helmen der Soldaten

おれたちは兵隊のヘルメットで料理する

Du willst einen rauchen? Dann geh dir was pflücken im Garten

一本吸いたいか?なら、何か庭で摘んで来い

Doch unser heutiges Leben lässt sich auch nüchtern ertragen

でもいまの生活ならしらふでだって耐えられる

Komm wir fahren in den moosbedeckten

さぁ競争しよう

Hallen im Reichstag, ein Bürostuhlwettrenn'n

国会議事堂の苔まみれの講堂を、オフィスチェアで

Unsre Haustüren müssen keine Schlösser mehr haben

家の扉にはもう鍵は必要ない

Geld wurde zu Konfetti und wir haben besser geschlafen

カネは紙くずになって、よく眠れるようになった

Ein Goldbarren ist für uns das gleiche wie ein Ziegelstein

金の延べ棒は俺たちにとってはレンガと同じだ

Der Kamin geht aus, wirf mal noch 'ne Bibel rein

暖炉が消えそうになれば、ちょっくら聖書を投げ入れる

Die Kids gruseln sich, denn ich erzähle vom Papst

おれが教皇のことを話すと子どもたちは怯えあがる*7

Dieses Leben ist so schön, wer braucht ein Leben danach?

この世の生はすばらしすぎて、誰があの世の生なんて求めるんだ?*8

 

[Hook]

 

[Nico]

Die Kühe weiden hinter uns, wir rauchen Ott, spielen Tabla

牛たちが後ろで草をはみ、俺たちはクサを吸って、タブラを奏でる

Dort wo früher der Potsdamer Platz war

そこは以前ポツダム広場だったとこだ

Wenn ich aufwache streich' ich dir noch einmal durch's Haar

起きたらもう一度お前の髪をなでて

„Schatz, ich geh' zur Arbeit, bin gleich wieder da.“

「ダーリン、仕事に行って、すぐまた帰ってくるよ」

Wir steh'n auf wann wir wollen, fahren weg wenn wir wollen

おれたちは好きなときに起きて、好きなときに出発する

Seh'n aus wie wir wollen, haben Sex wie wir wollen

好きな格好して、好きなように一発する

Und nicht wie die Kirche oder Pornos es uns erzählen

教会やポルノが教えてくれたようにじゃなくて

Baby, die Zeit mit dir war so wunderschön

ベイビー、君との時間はすばらしく美しかった

Ja, jetzt ist es wieder aus, aber unsre Kinder wein'n nicht

そう、いまはもう終わっちまったけど、俺たちの子どもは泣いてないよ

Denn wir zieh'n sie alle miteinander auf

だって俺たちは一緒に子どもたちを育てるんだから

Erinnerst du dich noch, als sie das große Feuer löschen wollten?

子どもたちが大きな火を消そうとしたときのこと覚えてるかい?

Dieses Gefühl, als in den Flammen unsre Pässe schmolzen?

炎のなかで俺たちのパスポートが燃えてなくなってったときのあの感じを?

Sie dachten echt ihre Scheiße hält ewig

あいつらは自分たちのクソが永遠につづくとマジでおもってた

Ich zeig' den Klein'n Monopoly, doch sie verstehn's nicht

おれがモノポリーを見せてやっても、子どもたちはそれが分からない

„Ein Hundert-Euro-Schein? Was soll das sein?“

「100ユーロ紙幣?それがなんなの?」

„Wieso soll ich dir was wegnehm'n wenn wir alles teilen?“

「僕たちすべてを分け合ったのにどうして僕が君から奪わないといけないの?」*9

 

[Hook]

 

リリックの内容を読んでみてどうだったでしょうか。一方で、滅亡前の旧世界は、資本主義やキリスト教などで象徴され、滅亡後の新世界は、それらから解放されたユートピアとして描かれています。滅亡後の新世界のあまりの心地よさに、旧世界を滅ぼしてくれた核爆弾に感謝さえしています。

 しかしもちろん、この曲で、K. I. Z.は、実際に核爆弾を落として「自然に帰ろう」と主張しているわけではありません。滅亡後のユートピアは、現在わたしたちがあたかも普遍的な原理のように前提としている事柄を相対化したり、問題提起したりするためのレトリカルな装置として機能しています。 

  直接的な政治批判や社会批判とは違って、少しひねったアイロニカルな批判になっているところがこの曲のおもしろいところだとおもいます。

*1:Maximは、フランスに出自を持ち、自信も流暢なフランス語を話すことができます。今回紹介する曲もそうですが、いわゆる「コンシャスな」ラッパーです。例えば、ドイツの学生左派団体SDS(Sozialistisch-demokratischer Studierendenverband:社会民主主義学生連盟)の会議で、フィーメールラッパーSookeeとともに、ヒップホップにおける女性像やセクシズムそしてホモフォビアについてディスカッションしたそうです。

*2:K.I.Z - No Pasaran - YouTube

*3:正式名称は、Die Partei für Arbeit, Rechtsstaat, Tierschutz, Elitenförderung und basisdemokratische Initiative(労働、法治国家、動物保護、エリート養成そして草の根民主主義運動のための党)。Die Parteiは一応は、政党であるための法的な条件は満たしていますが、将来的に政権を担おうというような真面目な意図があるかは疑われており、おもしろ政党の一つと見なされてもいるようです。党首のMartin Sonnebornは、風刺作家でもあり、この政党自体風刺的なおもむきがあるようです。例えば、2013年のマニフェストを見ますと、1. 腐敗した分配の導入、2. サマータイムの廃止、3. フラッキング(石油の特殊な掘削方法のこと。フラッキングによる環境破壊はカナダなどで問題になっている。Klein, Naomi, This Changes Everything, 2014を参照。)は?もちろん!、4. 経営者の給与の制限、5. 都心のボケ(老化)対策、6. われわれには壁を作る計画がある、7. ギリシャから学ぶ、8. 一学年制の学校制度、9. 税制改革、10. 緑の党の種の保存、11. 選挙資格年齢の変更、12. メルケルをどけろ!、13. ビールが決める、とふざけてるように見えます。ただし、Die Parteiは、まさにこのように政治をおちょくることで政治を相対化し、人々になんらかの気づきを与えることを狙っているのだろうとおもいます。これはまさに今回取り上げたK. I. Z.の曲のスタンスと通ずるとおもいます。

*4:アダムとイブが神に背き知恵の実を食べて、自らが裸であることを恥じ入って、イチジクの葉で局部を隠した話が念頭に置かれています。服を着ること=恥を知ってることなので、服は神に背いたことの証なのです。

*5:ルカ書23章34節、「主よ、彼らをお許しください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」のもじり。まだ世界が滅びる前の話なので、「あいつら」とはおそらく資本家などが念頭に置かれているのだろう。聖書の一節をもじることで、Maximは、彼らが自分の悪事を知りながらそれをやっていると非難している。

*6:日本でも有名なあのネスレ。Rap Geniusの注釈によると、ネスレ遺伝子組み換え作物の件で以前から批判されているようで、ここのラインはそのことが念頭に置かれいるよう。つまり、世界が滅んでネスレが畑からいなくなったことでようやく本来の作物の味や匂いが取り戻されたということ。

*7:教皇が権威の象徴とされていて、新世界にはそうした権威がいないから子どもたちは恐れをなすということでしょうか。Rap Geniusの注釈では、カトリック教会での児童虐待の事件のことに触れられていて、「教皇」という言葉はその事件を連想させるものなのかもしれません。

*8:ここで言うあの世とは、キリスト教の教義で約束されている死後の世界のことです。このラインの意味は、死後の世界を望む必要がないくらい、この新世界は最高なんだということです。

*9:ゲームのモノポリーのルールを子どもたちが分からないということが意味しているのは、滅亡前の世界を知らない子どもたちは、資本主義の競争原理が分からないということです。そのことによって、互いに奪い合うという資本主義の原理が相対化されています。