ドイチャーヒップホップのためのプロレゴメナ

ドイツのヒップホップ(ドイチャーヒップホップ)の曲を紹介したり和訳したり。内容や和訳について何かご指摘があればおねがいします。

Namika - Lieblingsmensch


Namika - Lieblingsmensch

 

 今回は、女性ラッパーの紹介。ところで、日本ではfemaleを「フィメール」と表記して、よく「フィメールラッパー」なんて言われますが、辞書を見ても分かるように、femaleは前アクセントなので、ほんとうは「フィーメイル」ですね*1。なんだかノトーリアスB.I.G.を「ノートリアス」と言うみたいで、一度間違いだと知ってしまうと聞くたびにぞわぞわします。でも外国語を自国語に導入するときには、しばしば、アクセントがテレコになることがあるようで、例えば、Tokyoは日本だと後アクセントですが、外国だと前アクセントになりますね。あれはどういう仕組みなんだろ。話が脱線しすぎましたが、今回はドイツの女性ラッパーNamikaを紹介するんでした。

 

1. Namikaとは?

 Namikaは、1991年生まれ。顔つきや歌声からは経験値の多そうなバイブスがかんじられますが、おもったより若いです。彼女はドイツのフランクフルトで生まれ育っていますが、祖父母がモロッコ出身ということで、モロッコにルーツを持っています。子どもの頃は、 Missy ElliotLauryn HillDr. Dre、そして、Fugeesなどを聴いていたようです*2

 彼女は、メジャーデビューする前は、Hän Violettという名義で活動しており、その頃は、Namikaとは違ったクールなスタイルだったようです*3ソニーと契約してから、Namikaという名義で活動します。Namikaとはアラビア語で「ライター」を意味するそうです。そしてデビューアルバムを出すにあたって、サグい服装はやめて、ラップよりも歌を多めにするようにしました。男性ラッパーが多いドイツのヒップホップシーンのなかで、女性ラッパーはなかなか居場所が見いだせないでいます。そこでNamikaは自分の特技である歌をラップに取り入れることで、オリジナリティを出そうとしたわけです*4

 そしてNamikaは、そうした試行錯誤を経て、今回の曲も入っているデビューアルバムNadorを2015年にリリースします。そして歌をフィーチャーするという試みは実際に成功しました。歌うようにラップする彼女の歌声は柔らかさのなかに芯もあってすばらしいです。今後も歌に振りきれてしまうことなく、この歌うとラップするの絶妙なラインを維持してほしいところです。ちなみにNadorとは、祖父母の故郷で、彼女自身も若い頃には、夏休みをそこで過ごしていました *5

 補足情報としては、彼女は、ソニーと契約するまでは、ゲーテ大学で哲学を学んでいたそうです*6。学んでいた期間は2ゼメスター(一年間)なのでそれほど長くはないですが、経歴がおもしろいですね。

 

2. Lieblingsmenschとは?

 LIeblingsmenschとは「好きな人」という意味。この曲は、さっそくドイツの音楽チャートの一位を獲得しました。私もそれで知りました。たしかに歌うようなフロウでいい意味でキャッチ―な曲です。この曲の肝は、Lieblingsmenschとの色恋そのものというよりも、二人の関係とNamikaの背景にある社会的な疎外感との対比にあります。それがよくあるラブソングとは少し違ってるところです。

 先ほど、Namikaはモロッコにルーツを持つと言いましたが、まさにそうした複雑な出自が、この曲の根っこにあるのです。ドイツは、ここ数年、移民の受け入れでニュースになったりしていましたが、その前からも移民を受け入れていて、多くの人種が混在しています。Namikaのように、ドイツ生まれドイツ育ちだけど、両親や祖父母が移民であるような人も多くいます。とくにドイツのヒップホップアーティストはそうした外国にルーツを持つ人が多い印象があります*7

 Namikaは、一方で夏休みにモロッコにいるときは、自分が「モロッコにいるドイツ人」であるという感覚を、他方でドイツにいるときは、自分が「モロッコをルーツに持つドイツ人であって、正当なドイツ人でもないんだ」という感覚を持っていました*8。つまり、こうした言い方をしてよければ、彼女は「純粋な」モロッコ人でもなければ、「純粋な」ドイツ人でもないという感覚を持っていて、どこにいても疎外感を感じていたのです。しかし大人になるにつれ、Namikaはむしろ、自分がそのように「カルチャーハイブリッド」であることが贈り物であると理解するようになります*9。そして、そうした複雑なルーツを活かして作ったのが、Lieblingsmenschです。

 それではその歌詞を見てみましょう。

 

Manchmal fühl' ich mich hier falsch wie ein Segelschiff im All

たいていこの場所は私には居心地が悪い、宇宙のなかの帆船のように

Aber bist du mit mir an Bord, bin ich gerne durchgeknallt

でも君が私と船に乗ってくれるなら、私は喜んでクレイジーになる

Selbst der Stau auf der A2 ist mit dir blitzschnell vorbei

A2*10の渋滞だって君となら光の速さで通り過ぎる

Und die Plörre von der Tanke schmeckt wie Kaffee auf Hawaii, yeah

そしてガソリンスタンドの不味いコーヒーだってハワイのコーヒーのような味がする*11

Auch wenn ich schweig', du weißt bescheid

私が黙ってても、君は分かってくれる

Ich brauch' gar nichts sagen, ein Blick reicht

私は何も言う必要がなくて、目線で十分

Und wird uns der Alltag hier zu grau

私たちにとってはここでの日々は退屈

Pack' ich dich ein - wir sind dann mal raus!

君を荷物につめたら、ちょっと外に行こう

 

[Hook]

Hallo Lieblingsmensch, ein Riesenkompliment

ハロー、好きな人、大きな賛辞を

Dafür, dass du mich so gut kennst

君が私をとてもよく知ってくれてることに対してね

Bei dir kann ich Ich sein

君のもとでなら私はまさに私でいられる

Verträumt und verrückt sein - na na na na na na

夢想家で、クレイジーで

Danke Lieblingsmensch

ありがとう、好きな人

Schön, dass wir uns kennen!

知り合えてよかった!

Hallo Lieblingsmensch, ein Riesenkompliment

Dafür, dass du mich so gut kennst

Bei dir kann ich Ich sein

Verträumt und verrückt sein - na na na na na na

Danke Lieblingsmensch

Schön, dass wir uns kennen!

 

[Part 2]

Absolut niemand darf's erfahren, aber dir vertraue ich's an

絶対に誰もそれを知ってはだめ、でも君になら打ち明ける

Weil du's sicher aufbewahrst, meine Area 51!

だって君はそれを安全に守ってくれる、私のエリア51だから!

*12

Manchmal drehen wir uns im Kreis, aus 'ner Kleinigkeit wird Streit

たいてい私たちはぐるぐる回ってて、ささいなことからけんかになる

Aber mehr als fünf Minuten kann ich dir nicht böse sein, yeah

でも私は5分以上は君に怒ってられない

Mach' ich dir was vor, fällt's dir sofort auf

私が何か騙そうとすれば、すぐに君は気づく

Lass' ich mich häng' dann baust du mich auf

私が意気消沈してると、君は私を前向きにしてくれる

Manchmal wiegt der Alltag schwer wie Blei

たいてい日々は鉛のように重い

Doch sind wir zu zweit, scheint alles so leicht!

でも二人なら、すべてが軽くかんじる!

 

[Hook]

 

[Bridge 3]

Zeiten ändern sich und wir uns gleich mit

時が変化すると、それとともに私たちも同じように変化する

Du und ich, so jung auf diesem alten Polaroid-Bild

君と私、この古いポラロイド写真のなかではとても若い

Das letzte Mal, als wir uns sahen, ist viel zu lang her

私たちが最後に会ったのは、はるか昔のこと

Doch jetzt lachen wir, als wenn du nie weggewesen wärst

でも君と別れてなかったかのように、今でも私たちは笑いあう

 

[Hook]

 

どうでしょうか。描かれているのは一見すると浮かれた恋人同士の関係のようにも見えますが、その背景に日常にかんじる疎外感があるのが、この曲やそこで描かれる二人の関係に奥行きをもたらしています。つまりNamikaは自分の複雑なルーツからくる疎外感を日々感じていて、その疎外感を忘れさせてくれるのが、Lieblingsmenschでした。日常にかんじる疎外感は、複雑なルーツからだけでなく、さまざまな要因がありうるので、Namikaと同じ境遇でなくても、共感できる人は多いのではないでしょうか。

*1:ちなみに、ドイツ語は、語尾に-inをつけると女性形になるので、女性ラッパーはRapperinと表記します。

*2:Musik in Frankfurt: "Keine Ahnung wer ich morgen bin" | Frankfurter Rundschau

*3:ドイツの若者の心を掴んだカルチャーハイブリッドの歌姫 - derdiedas.jp

*4:Namika – laut.de – Band→この記事のなかで,,Testosteron-regierten Deutschrap(テストステロンに支配されたドイツ語ラップ)"という表現があって笑いました。テストステロンとは精巣から分泌される雄性ホルモンのことだそうで、男性を象徴する語です。こういう場合には「筋肉に支配された」という表現パターンしか持ってなかったので、これでもう一つレパートリーが増えました。

*5:«Als Kind war ich traurig, keine richtige Deutsche zu sein»

*6:Musik in Frankfurt: "Keine Ahnung wer ich morgen bin" | Frankfurter Rundschau

*7:例えば、いまヒップホップチャートにいるラッパーのなかでも、例えばBushidoはドイツ人とチュニジア人を両親に持ち、Nimoの両親はイラン人で、Der Asiateはドイツ人の母親とベトナム人父親を持つなど。

*8:«Als Kind war ich traurig, keine richtige Deutsche zu sein»

*9:«Als Kind war ich traurig, keine richtige Deutsche zu sein»

*10:高速道路の名前

*11:Plörreとは、希釈された不味い飲み物ないしスープのこと。ドイツではガソリンスタンドのコーヒーは不味いことで有名だそう。

*12:エリア51は、アメリカ空軍の基地のことで、墜落したUFOがエリア51に運ばれた!みたいな月刊ムー案件でよく名前を聞きます。それはひるがえると、機密事項が守られている場所だからこそ、エリア51にはそういう噂が立つということでもあります。