ドイチャーヒップホップのためのプロレゴメナ

ドイツのヒップホップ(ドイチャーヒップホップ)の曲を紹介したり和訳したり。内容や和訳について何かご指摘があればおねがいします。

SXTN - Ich bin schwarz


SXTN - Ich bin schwarz (Official Video)

 

 今回の曲はIch bin Schwarz. つまりI am black.

 今回も女性ラッパーです。別に狙ってるわけじゃなくてたまたま見つけて気に入ってしまっただけです。私自身ドイチャーヒップホップにそれほど詳しいわけではないので、聴いて印象に残った曲をその都度いろんなサイトを見て調べながら紹介しています。それ以前は、ドイチャーヒップホップは「テストステロンに支配され」*1ているのかとおもってたのですが、調べてるとわりと女性ラッパーが多いし、しかもチャートを騒がせたり、今回のSXTNのように580万回転以上の再生数をかせいだりしています。日本以上にヒップホップが大衆に受け入れられているということでしょうか。

 

1. SXTNとは?

  SXTNとはJujuとNuraの二人の女性ラッパーからなるヒップホップグループです。Jujuはモロッコ人とドイツ人の両親から生まれ、ベルリンで育ちます。Nuraはアフリカ北東部のエリトリア人の母とサウジアラビアの父の娘としてサウジアラビアで生まれます。三歳のときに難民としてドイツに渡ってきます。Nuraはまずはヴッパータール(Wuppertal)で生活し、その後18歳のときにベルリンにやってきます。そこで二人は出会うことになります。

 Jujuの方はすでに仲間うちでラップをしていて、他方でNuraはThe toten Crackhuren im Kofferraum(トランクのなかで死んだ薬中の売春婦)というバンドに参加していました。2014年に二人は、SXTNを結成し、2016年に出したEP ,,Asozialisierungsprogramm"(Ich bin Schwarzはこれに入ってます)でアングラシーンで有名になります。

 SXTNのリリックはバトルラップに類するような攻撃的・挑発的なものです。wikipediaでもlaut.deでも彼女たちのスタイルを示すラインとして引き合いに出されるのが、„Ich ficke deine Mutter ohne Schwanz(お前の母ちゃんをチン〇なしでファックする)“というもの。なんかすごそう!こういうふうにして、彼女たちは多くの男性ラッパーが繰り返してきた常套句をやってみせてるわけです。「やってみせてる」と言いましたが、メタ的にやっているのか真面目にやっているのか、実際のところ分かりませんがけっこう真面目にやってるような印象です。

 ところで、こういうときに男性ラッパーの猿真似をしてるというような非難が出てくるのがつねだとおもいますが、男性ラッパーも先行の男性ラッパーのクリシェを繰り返しているのであれば猿真似には変わりないわけで、女性だろうが男性だろうが関係ないです。これは日本のラッパーはアメリカのラッパーの猿真似をしてるだけだというよくある非難にも当てはまります。アメリカのラッパーも先行のアメリカのラッパーと同じようなことをしているのであれば、猿真似であることには変わりありません。そしてもっと言えば、猿真似としかおもえないということは、実際にそうである場合もあるでしょうが、そもそも自分の感性がにぶってしまってるという場合もあります。SXTNに関して言えば、たんなる猿真似ではなく、自分たちに置き換えて„Ich ficke deine Mutter ohne Schwanz“というおよそ男性ラッパーにはできないことをラップしてる点でオリジナリティがあります。少し脱線しましたがどうでもいい非難が繰り返されないためにここで補助的なことを言っておきました。

 

2. Ich bin schwarzとは?

 Ich bin schwarzという曲名は、1982年にドイツでヒットしたMarkusというポップシンガーのIch will Spaß(楽しみたい)のもじりです。メロディもIch will Spaßから拝借してます。そのことからも分かるように、Ich bin schwarzという曲は、タイトルから予想されるシリアスな曲調ではなく、かなりポップな曲調になっています。

 二人の実際の年齢は分かりませんが、ちょっと調べたら少なくとも20代のようです。そうすると、Ich will Spaßは彼女らが生まれる前に流行った曲なので、ドイツ人ならそこから持ってくるか!という感慨もあるのかもしれません。

 リリックでは、黒人一般、そして黒人女性に向けられるステロタイプをラップしてます。以下に訳してみました。

 

[Nura]

Mein Bugatti fährt 410

私のBugatti*2は410キロで走る

Schwupps - die scheiß Bullen ha'm*3 mich nicht geseh'n

おっと、クソポリスは見てなかった

Ich bin schwarz

私はブラック

Ich bin schwarz, ich bin schwarz

私はブラック、私はブラック

Ich bin nie leise, schreie laut rum

私は決して物静かじゃないし、うるさく騒ぎたてる*4

Hab' 'ne junge, reine Haut

若くてけがれのない肌を持ってる

Ich rauch' Gras

草を吸う

Ich bin schwarz, ich bin schwarz

私はブラック、私はブラック

Was willst denn du mit deinem Rassenhass?

君はいったい人種ヘイトで何がしたいの?

Ich bin lieber schwarz als todesblass

私は死んだような淡色よりもブラックが好き

Ich bin schwarz

私はブラック

Ich bin schwarz, ich bin schwarz

私はブラック、私はブラック

Ich fick' deine Bitch, hab' 'nen Heidenspaß

お前のビッチをファックしてめっちゃ楽しむ

Und jetzt hab' ich einen deutschen Pass

いまじゃ私はドイツのパスを持ってる*5

Ich fahr' schwarz

私は無賃乗車する*6

Ich bin schwarz, ich bin schwarz

私はブラック、私はブラック

 

[Nura]

Ich bin schwarz, ich bin schwarz

私はブラック、私はブラック

Ich bin schwarz, ich bin schwarz

私はブラック、私はブラック

Brauchst du Gras? Ich hab' Gras!

草吸う?私は吸うッ!

Is' kein Spaß, ich bin schwarz

おちゃらけなしで、私はブラック

 

[Nura]

Bin musikalisch und beherrsch' den Bass

私は音楽的で、ベースを乗りこなす

Und du siehst mich twerken mit mei'm fetten Arsch

君は私がゆったりしたケツでトゥワーク*7するのを見る

Ich bin schwarz

私はブラック

Ich hab Arsch, ich bin schwarz

私にはあるケツ、私はブラック

Hab' ich schon erwähnt, dass ich nur Chicken mag?

私はチキンしか好きじゃないってもう言ったでしょ?*8

Raste aus, wenn jemand außer Juju „Nigger“ sagt

もしJuju以外の誰かが「Nigger」と呼んだらブチ切れる

Ich bin schwarz

私はブラック

(Nnniggaaa!)

Ich brauch' Gras, ich bin schwarz

私は草を吸う、私はブラック

 

[Nura]

Ich bin schwarz, ich bin schwarz

Ich bin schwarz, ich bin schwarz

Brauchst du Gras? Ich hab' Gras!

Is' kein Spaß, ich bin schwarz

 

[Nura]

Ich bin schwarz - schwarz

Brauchst du Gras - Gras

Is' kein Spaß - Spaß

Ich bin schwarz - schwarz

 

[Part 3: Nura]

Hab' ich mich schon vorgestellt? Mein Name ist Nura

自己紹介したっけ?私はNura

Vergiss mal alle Rapper, ich bin schwärzer als Tupac

ちょっとすべてのラッパーを忘れて、2Pacよりもブラック

Nein, du darfst meine Haare nicht anfassen

ダメ、私の髪に触れてはダメ

Meine Brüder im Park sind mies am hustlen

公園にいるブラザーはヤバいハスリンをしてる

Nazis essen heimlich Döner

ナチはひそかにドネルケバブ食べる

Weil sie sich nicht trauen, schicken diese Hurensöhne immer ihre Frauen

やつらは勇気をもってやろうとしないから、あのサノバビッチはいつも自分の妻を送りとづける

Eure braune Scheiße riecht mies nach Dreck

お前たちの茶色*9のシットは大のあとのヤバイにおいがする

Ich bin schwarz, ich bin schwarz, es geht niemals weg

私はブラック、私はブラック、絶対に消えない

 

[Nura]

Ich bin schwarz, ich bin schwarz

Ich bin schwarz, ich bin schwarz

Brauchst du Gras? Ich hab' Gras!

Is' kein Spaß, ich bin schwarz

 

[Nura]

Ich bin schwarz - schwarz

Brauchst du Gras - Gras

Is' kein Spaß - Spaß

Ich bin schwarz - schwarz

Ich bin schwarz

 

 どうでしょうか。例えば、「騒がしい」とか「おしりがデカい」とか「チキンが好き」とか「髪を大事にする」とか、黒人一般や黒人女性に帰せられるステロタイプが歌われています。

 このリリックには二通りの解釈がありうるとおもいます。一方で、SXTNは自分たちは「騒がし」かったり、「チキンが好き」だと敢えて言うことで、ステロタイプをメタ的に対象化しているという解釈。この場合、彼女たちは実際にはそのようなステロタイプをやってるわけじゃないけれど、そういうふうに見せることでステロタイプを当てはめてくる人たちに当てこすっているという解釈になります。もう一方で、実際に彼女たちは「騒がしい」し「チキンが好き」だという解釈です。私は後者の解釈をとりたいです。そのうえで彼女たちが主張したいのは、「私たちはたしかに騒がしいし、チキンが好きだし、おしりがデカいし、髪を大事にするけど、だから何?」ということではないでしょうか。

 そもそも、そういったステロタイプはたんにあるあるネタなだけで、文字通り読めば、批判性のないたんなる事実命題でしかありません。しかしそういうふうに切りとられることによって、そして切りとる側の意図も込みで、「チキンが好き」なこととか「おしりがデカい」ことを指摘することが、あたかも鬼の首をとったような効果を示します。例えば、「つけ麺屋の店長は頭にタオル巻きがち」というあるあるネタはたいてい批判的な(精確に言えば、バカにする)ニュアンスが含意されて用いられます。しかしふつうに考えれば、タオル巻いてるからなんだという話です。それが批判であるためには、こういう理由で頭にタオルを巻くべきでないというように、理由づけをしなければなりません。しかしそうした理由づけをする苦労もせずに批判風に見せることができるのが、「~しがち」と言ってひとをバカにするタイプの発話です。

 ステロタイプの問題点とは、まずもって、みんながみんなそうではないにもかかわらず、一緒くたにしてしまうという点です。そして、それに対する反論もステロタイプをこうむる側からはあります。さらなる問題としては、そもそもそれ自体はよくも悪くもないたんなる事実を、一つの型として抜き出して、ある一定の人種(ここでは広い意味での「人種」)にカテゴライズし、自分はそうではないという仕方でその人種をバカにするということが挙げられます。SXTNは自分たちはたしかにその型に当てはまるけどそれが何だというのかという仕方でステロタイプに対抗しているようにおもえます(「騒がしい」とか「草を吸う」とかは問題があるという見方もありうるとおもいますが)。

 最近、「~しがち」というタイプのたんなるあるあるネタを正当な批判だとおもいこんで鬼の首を取ったような気でいる人をよく見て問題をかんじていたので、少しそうした自分の問題関心に引きつけすぎているかもしれませんが、それでもやっぱりSXTNには「だから何?」という突き抜けたポジティブさを感じます。

*1:詳しくはNamikaについての記事を参照

*2:イタリアの自動車

*3:habenのくだけた言い方

*4:Geniusでは、このラインはangry black womanというミソジニーレイシズムからなるステロタイプを念頭にあえて言ってるのだろうとあります

*5:Nuraは三歳のときからドイツに住んでいるのですが、ドイツでの滞在許可は最近になってようやく延長されたそう

*6:ドイツ語で無賃乗車はschwarzfahrenと言います。許可がなくてもドイツに住むということと掛けてる?

*7:トゥワークとはおケツを器用にプリプリさせるダンスのこと

*8:黒人のひとたちはよくチキンを食べるというクリシェ

*9:braunとはブラウンのことですが、独和大辞典にもあるように、「((軽蔑的に))ナチの」という意味もあるそうです。それは、ナチスが初期の制服で茶色を使っていたことに由来するようです。ここでは直前にナチの話が出てきているので、「ナチの」という意味もあるのかもしれません。