ドイチャーヒップホップのためのプロレゴメナ

ドイツのヒップホップ(ドイチャーヒップホップ)の曲を紹介したり和訳したり。内容や和訳について何かご指摘があればおねがいします。

Rin - Doverstreet (prod. Minhtendo)


RIN - Doverstreet (prod. Minhtendo)

今回紹介するのは、Rinの,,Doverstreet (prod. Minhtendo)“です。いわゆる「トラップ」系の曲です。MVの質感も含めて好きなのですが、どうでしょうか。

 

1. Rinの紹介

 Rinは、クロアチアボスニアにルーツをもちながら、南ドイツのビーティヒハイム=ビッシンゲンBietigheim-Bissingenで、1993/94年に生まれます。

 彼のラップはいわゆる「トラップ」と呼ばれるジャンルです。「トラップ」とはゆったりとしたbpmと細かく刻まれたスネアや電子音が特徴的。ラップもまんべんなく言葉を詰め込むのではなくて、余白ができるので、その余白に、音楽ライター・翻訳家の渡辺志保さんが言うところの「ガヤ」*1を入れたりするのが、「トラップ」の特徴です。そういう音楽が最近アメリカでも日本でも流行っているのですが、ドイツでもそのようです。ドイツでは他にも例えばUfo361という「トラップ」系のラッパーがいます(彼は例えば,,Migos“(Migosはアメリカの「トラップ」系のラップグループの名前)という曲も作ってます)。ただ、Ufo361とRin(とりわけ,,Eros“)が違うのは、前者は派手な曲調対して、Rinが選ぶトラックは抑制的で退廃的で酩酊的な曲調が多いことです。前者がVIPルームで豪遊する感じイメージだとすれば、後者は友だちの汚い部屋でソファーに座りながらチルするイメージがあります。

 

2. Doverstreetの紹介

 今回とりあげる,,Doverstreet“は今年2017年9月に発売された彼のファーストアルバム,,Eros“に収録されています。

 ,,Eros“は全体的にトラック選びがいいと感じました。今回紹介した曲だけでなく、,,Blackout (prod. Lex Lugner)“や,,Dizzee Rascal Type Beat (prod. Minhtendo)“ や、,,Bass (prod. iLoveYouPeter)“、,,Bros (prod. Minhtendo)“ など。Dizzee Rascal Type Beatは90年代ヒップホップの「トラップ」バージョンのような印象。Brosはなかでも派手目ですが、だいたいは抑制的でミニマムなトラックだと感じました。

 本人によれば、,,Eros“で歌われているのは、自分のことや自分の地元の友だちのことで、それ以上でもそれ以下でもありません。そのため、彼は自分の音楽を「地元の音楽(Heimatmusik)」と呼んでもいいとすら言っています*2。実際、曲名になっているDoverstreetもRinがいつも使っているオンライショッピングサイトのことです。

 以下のようにその歌詞を翻訳してみました。

 

 

[Hook]

Brüder sind auf Grün oder Weiß (aya)

ブラザーたちは緑(マリファナ)や白い粉(コカイン)をやる

Ich zocke Battlefield 1 (dadadada)

俺は「バトルフィールド1」をプレイする

Shirt weiß, Vibes (Vibes)

白いシャツ、ヴァイブス

Ich chill' bei Dover Street auf der Site

俺はDover Streetのサイトを見てくつろぐ

Brüder fragen: Bruder, was geht?

ブラザーたちは聞いてくる。ブラザー、調子はどうだ?

Einer Weißwein, einer schmeißt Es (einer Es)

白ワイン一本、飛ぶアレ(Ecstasyのこと*3)一個

Ich hab' mit dem Scheiß kein Problem

このシットは問題ない

Ich bleib' in Bietigheim solang', bis ich leb' (aya, aya)

俺が生きるまで、ビーティヒハイムにいつづける*4

 

[Bridge]

Ich will Bass, Bass

低音を、低音をくれ

Korma scharf wie Bey Blades

コルマ*5ベイブレード*6のように鋭い

Bitches sagen: „Hey, hey!“

ビッチたちは言う、「ねぇ、ねぇ!」

Doch ich hab für so Scheiß keine Zeit

でも俺にはそんなくそ野郎のための暇はない

 

[Hook]

Brüder sind auf Grün oder Weiß (aya)

Ich zocke Battlefield 1 (dadadada)

Shirt weiß, Vibes (Vibes)

Ich chill' bei Dover Street auf der Site

Brüder fragen: Bruder, was geht?

Einer Weißwein, einer schmeißt Es (einer Es)

Ich hab' mit dem Scheiß kein Problem

Ich bleib' in Bietigheim solang', bis ich leb' (aya, aya)

 

[Part]

Ich suche fette Pieces bei Grailed

俺はGrailedでイカしたアイテムを探す

Search auf Europe, was geht

ヨーロッパで検索*7、どうかな。

Früher stand ich sieben Uhr auf

前は7時に起きてた*8

Heute geh' ich sieben Uhr nach Haus

今日は7時に家に帰る*9

Ich bestelle bei Foodora an mei'm Handy

携帯でFoodora*10に注文する

Die Jean-Paul-Gaultier-Brille kennt sie

彼女だってジャン=ポール・ゴルティエの眼鏡は分かる*11

Ich geb' ihr RKO, Savage Randy

彼女にRandyのRKO*12をかます。

Deine Freundin tanzt im Club den Laffy Taffy

お前の彼女はクラブでLaffy Taffy*13を踊る

 

[Bridge]

Ich will Bass, Bass

Korma scharf wie Bey Blades

Bitches sagen: „Hey, hey!“

Doch ich hab für so Scheiß keine Zeit

 

[Hook]

Brüder sind auf Grün oder Weiß (aya)

Ich zocke Battlefield 1 (dadadada)

Shirt weiß, Vibes (Vibes)

Ich chill' bei Dover Street auf der Site

Brüder fragen: Bruder, was geht?

Einer Weißwein, einer schmeißt Es (einer Es)

Ich hab' mit dem Scheiß kein Problem

Ich bleib' in Bietigheim solang', bis ich leb' (aya, aya)

 

[Outro]

Ich will Bass, Bass

Sie will Bass, Bass

Bass, Bass

Doch ich hab' für so Scheiß keine Zeit

 

 どの国でもそういう傾向にあるのでしょうが、いまや若者たちは外のストリートでたむろするのではなくて、家のなかでたむろするというようになってるようです。ご飯を注文するのも、ブランドもののアイテムをゲットするのもオンライン。自分もどちらかというとインドア世代なので、Rinのリリックにはリアルを感じます。

 また、がっつりナードなラッパーもいるなかで、Rinはそこまでナードというわけではなさそうですが、それでもバトルフィールドをプレイしたり、ベイブレードという単語を出したりします。つまり、もともとナードとはほど遠いようにおもえていたヒップホップ文化にナードが現われ、ナードと非ナードが分かれていたところに、いまやナードではないがナード的なこともするラッパーが現われているのが現状のようです。日本でもグッズを買ったりするわけじゃないけどアニメは見るというヤンキーはいます。

 このようにしてヒップホップはいまでも若者文化を反映しつづけているわけですね。

*1:http://realsound.jp/2017/07/post-91999_3.html

*2:http://www.spiegel.de/kultur/musik/rapper-rin-und-sein-debuetalbum-eros-echt-jetzt-a-1165141.html

*3:https://genius.com/Rin-doverstreet-lyrics

*4:ここは「俺が生きるかぎり、ビーティヒハイムにいつづける」となっていてほしいのですが、そうなっていません。Geniusでも議論されているように、通例、「俺が生きるかぎり」と言うのであれば、,,solang ich leb'“と言います。原文のように,,bis ich leb'“だと「俺が生きるまで」という意味になります(例えば「彼が来るまで、私は待つ」と言う場合は、,,Ich warte, bis er kommt“です)。Geniusでの議論を見るかぎりでは、音節の数合わせ説と文字通りに深い意味を読みとる説があります。後者の意見によれば、Rinはビーティヒハイムを離れたときにはじめて実際に生きることになるのであって、それまではビーティヒハイムに居つづけるという意味だとされています。つまり、「ビーティヒハイムを離れて本当の意味で自分で生活し始めるまではビーティヒハイムに残る」言い換えれば、「成功すれば、いずれビーティヒハイムを離れる」という意味だとされています。

*5:カレーのようなインド料理

*6:日本でも有名なあの近代化されたコマの玩具

*7:Geniusによれば、同じヨーロッパの売り手を探した方が関税を払わなくて済むし、アイテムが届くまでの時間もかからない。

*8:以前は仕事のために7時に起きなければならなかったということ

*9:今ではクラブで夜通しパーティーしたあとに、7時に家に帰るということ

*10:オンラインの料理の宅配サービス

*11:Rinはゴルティエの眼鏡をよくかけている

*12:WWEランディ・オートンが使う必殺技

*13:D4Lの曲https://www.youtube.com/watch?v=3NXBgSCSrIk。Geniusによれば、Laffy Taffyはもとはネスレが出してるキャンディの名前だそう。ただD4Lはそれを、女の子がケツを振るという意味で使ったのだそう。