ドイチャーヒップホップのためのプロレゴメナ

ドイツのヒップホップ(ドイチャーヒップホップ)の曲を紹介したり和訳したり。内容や和訳について何かご指摘があればおねがいします。

Der Anfang ist nah


Käptn Peng & Die Tentakel von Delphi - Der Anfang ist nah

 

 Der Anfang ist nah. (始まりは近い)ということで、記念すべき第一回に相応しいタイトル。この曲は、Käptn Peng & Die Tentakel von Delphiのファーストアルバム、Expedition ins O(2013)のまさに第一曲目であり、それに相応しい曲です。ギターの入りがカッコイイ。

 

1. Käptn Peng & Die Tentakel von Delphiとは?

 まずはKäptn Peng & Die Tentakel von Delphiのメンバー紹介。

 Käptn Peng & Die Tentakel von Delphiは日本語にすると「キャプテン・ペンとデルフォイの触手たち」となります。このグループ名からして、頭のおかしそうな曲が期待できます。

 まずキャプテン・ペンとは、ラップをしてる人です。彼は、もともとRobert Gwisdekという名前で、俳優活動もしています。両親も役者。そして兄のJohannes GwisdekはShabanという名前で音楽活動をしています(Käptn Peng & Shabanという名義でアルバムも出しています)。芸術家一家で育ったサラブレットですね。

 デルフォイの触手たちは、FeindrehstarのベーシストでもあるBoris Nielsen、Vögel die Erde EssenのギタリストでもあるMoritz Bossmann、打ち込み担当でペンの兄のShaban、そして、打楽器奏者のPeter Bartzの4人から成ります。

  ネット上でのインタビューや紹介記事を見ると、Philosophie(哲学)という言葉がよく出てきます。実際、歌詞やインタビューを読んでいても、哲学的な雰囲気はかんじます。ちなみにドイチャーヒップホップは、比較的、ギャングスタやホラーコアっぽいテイストのアーティストが多いですが、そのなかでは結構異色です。

 ヒップホップのなかにもいろんな種類がありますが、彼らは何に属するのか、また何に近いのでしょうか。バンド形式だと、The Rootsが真っ先におもい浮かびますが、それともちょっと違う。The Rootsでも、他のバンド形式のヒップホップグループでも、シックな曲調、あるいはこう言ってよければ、しっかりとしたバンド音楽をやっているのに対して、 Käptn Peng & Die Tentakel von Delphiは、コミカルにさえ聴こえるような「ハズシ」をしているのが特徴のようにおもいます。とくにパーカッション。そのために、いわゆるブラックミュージックの「黒さ」とは違う雰囲気の曲調になっています。

 

2. Der Anfang ist nahの内容

 この曲の歌詞は文法的にはかなり簡単。文法を知らなくても、単語を調べるだけでだいたいは事足りる。ざっくりと言えば、生きとし生けるもの・生けないもの、あらゆるものに、,,Es ist an der Zeit, einen Kreis zu bilden(円環を形づくるときがきた)"と言って、挨拶してまわるだけの曲です*1。ただ、多用される言葉遊びや、内容を理解しようとすると難解です。

 基本的にはHallo~というリリックがつづきます。例えば最初は、,,Hallo Freunde, hallo Feinde(ハロー、友だち、ハロー、敵たち)”とわりと普通に始まります。しかし例えば、

 

Hallo Percipio ergo sum

ハロー、「我知覚す、ゆえに我あり」

 

という歌詞があります。Percipio ergo sumとは、デカルトの有名な言葉のCogito ergo sum(我思う、ゆえに我あり)にかけた言葉です。デカルトの言う「思う」と、この「知覚」は意味が異なっていて、このどちらの文をとるかで哲学的には大問題になるところでもありますが、そこまで考えられているのかどうか。とりあえず、挨拶する相手が変だというおかしみを感じられればいいんじゃないでしょうか。

 他にもフックはというと、

 

Hallo Kugelblitze und hallo Erdbeben

ハロー、球電、そしてハロー、地震

Alle die ihr Schild senken, alle die Schwert heben

それから、盾を下ろすすべて、剣をかかげるすべて、

Alle Verseuchten, alle Ausgespuckten

汚染されたすべて、吐しゃされたすべて、

Alle, die im Dunkeln leuchten

暗闇のなかで光るすべて、

Alle Kugelblitze und alle Erdbeben

Alle die ihr Schild senken, alle die Schwert heben

Alle Verseuchten, alle Ausgespuckten

Alle, die im Dunkeln leuchten

 

このように、さまざまなものへとペンは呼びかけます。これら列挙されたものに、規則性や意味があるのかないのか。おそらく言葉遊び以上の規則性はないでしょう。何かあるとすれば、むしろ無作為性によってこの世のすべてに呼びかけられているということではないでしょうか。

 そして呼びかけたすべてのものに、ペンが何を言わんとしているのかというと、

 

Alles, was es gibt, ruf' ich auf, mit mir zu tanzen

存在するあらゆるものたち、わたしと一緒におどろう。

 

 直訳すると、「存在するあらゆるものに、私は、一緒に踊ろうと呼びかける」となります。それこそ、バッカス祭のように、酩酊しながら一つの円になって踊るのでしょうか。

 そして曲の最後のほう、ギターのメロディの変化とともに、ようやくペンの考えが垣間見えます。

Hallo realisier'n, dass Realität nur ein Traum ist

Dass Realität nur ein Traum ist

Dass Realität nur ein Traum ist

Dass Realität nur ein Traum ist

Dass Realität nur ein Traum ist

 ハロー、実在は夢でしかないって気づき

実在は夢でしかないって

実在は夢でしかないって

実在は夢でしかないって

実在は夢でしかないって

 

Der Traum ist echt

Die Mythen wahr

Das Ende stirbt

Der Anfang ist nah

夢は真理で

神話は実際

終わりは死んで

始まりは近い

 

うーん哲学。さすがフィロゾーフの国ドイツ。「実在は夢でしかない」というのは、東洋でいうと胡蝶の夢をおもいだします(ちなみにこの「実在」という語は、日本語だと日常的につかう「現実」という語で置き換えてもいいでしょう)。ただ、「実在は夢でしかない」というだけではただのニヒリストっぽいですが、ペンはむしろ「夢がほんとうで、神話が真理なんだ」と言います(引用中の訳は、韻を踏めるようにちょっと訳を変えてます)。想像力やフィクションにリアリティを見出そうとする芸術家っぽい考え方ですね。実際、ドイツのロマン主義にはそういった考え方がありました。

 

 3. 好きなところ

 歌詞の内容の解説は手におえないので*2、小学生マインドになって、この曲の好きなところを言います。

1)曲がオモシロイ!

 バンド形式ということもあってか、一般的なループトラックとは違って、展開がけっこう多いです。 一曲のなかにいろんなアイディアがつまっていて、耳が大変。

2)ドイツ語の音がキモチイイ!

 ラップは、やっぱり英語がカッコイイし、フランス語も言語そのものの美しさもあって心地いい。それに比べて、ドイツ語は、例えば、ボールペンをクーゲルシュライバーと言ったりして、やたらめったらごつごつした言語というイメージがあって、ラップのフロウをせき止めそう*3。しかし、この曲を聴くと、意味は分からなくても、ドイツ語とラップの相性がいいことに気づきます。ペンの口から出るドイツ語は自由自在にフロウしています。ドイツ語の発音の響きもよく、例えばフックにあるVerseuchtenやleuchtenのənという発音。喉の奥から出して鼻から抜けるような音がすばらしい。

 

  このように、この曲は、固定観念を取りはらって、ドイツ語とラップの相性のよさを教えてくれた曲で、ドイチャーヒップホップを聴き始めるにふさわしい一曲ではないでしょうか。この曲を聴いてしまえば、もう始まりはすぐそこです。

 

 

 

 

*1:,,Kreis"という語は彼らにとって一つのキーワードのようです。というのは、アルバムのタイトル、Expedition ins O(Oへの探検)のOは円環を意味しており、そもそも彼らが所属しているレーベルの名前がKreismusikです。この「円環」とは、世界の諸事物の統一のことなのか、なにか別の意味があるのか、よく分かりません。

*2:この曲を英訳したサイトがあり、そこにはいくつか注がつけられているので、それらが参考になるかもしれません。ちなみに、このサイトでは、,,Jo, unsere Nichtigkeit heißt zum einen Peng und Sie zum anderen herzlich willkommen!"というラインが、”Yo, our nothingness firstly is called Peng and secondly bids you all a warm welcome!”と英訳されていますが、これは違うとおもいます。heißtはこれで一語ではなくて、jn. willkommen heißen(jn.を歓迎する)で一語です。つまり直訳すると「Yo、わたしたちの空無さは、一方ではペンを、他方であなたがたを心から歓迎する」となります。いずれにせよ意味は分からないですが。それこそまさにNIchtigkeitかもしれません。

*3:ちなみに、Kugelschreiberは、日常的にはKuli(クーリー)と言ったりもするので、実はかわいいとこもあるんですね